2009.06.18

王道幻想、ここにあり。

mixiでのイエデビさんの文に触発されたわけじゃないけれど、ここ数日は三沢関連のプロレス動画を見まくっているという感じでして。改めていろんな試合を見てると「三沢って、そして(旧)全日本のレスラーって強かったんだなぁ」と思いますわ。

イエデビさんは三沢&秋山vs橋本&永田の試合をピックアップしてたけれど、ノアとZERO-ONEの絡みだったらボクはこちらの方が好きな試合。

01年の4月18日・ZERO-ONEの旗揚げ第2戦(日本武道館)で実現したんだけれど、仕掛けの猪木イズムと受けの馬場イズムが激突するという緊張感溢れる試合でした。管理人はスカパー!なんぞに入っていなかったので、ノアの地上波放送(←日曜深夜にやってたヤツ)をワクワクしながら待っていた記憶がありますね。

ただ、試合自体はノアの二人が小川直也と村上和成を子供扱いにした印象で終わります。組み合った際に三沢が小川の襟足あたりを掴んで態勢をコントロールしていますが、1時間やろうが2時間やろうがあの状態のままだったような気もしますな。それと、三沢が大抜擢した力皇(当時、プロレス転向1年程)が大活躍していたけれど、彼と比べても小川のヘタレぶりが際立ったというか。

"受けの凄み"という言葉がクローズアップされますな。

イエデビさんも書いていたけれど、新日本出身のレスラー(例えば高田、小川、永田など)が総合格闘技戦で苦杯を舐めても、「プロレス界には三沢がいる」という安心感は常にありました。今となっては実力測定の場に出る事はできませんが、鎖国状態(※昔は団体内、現代では業界内)を続ける事によってジャンルを守っていたのかなぁと。

それはともかく「フライングでのし上がっていく新日系の選手のダメっぷり」が象徴される試合ではありますな。

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【おまけ】

このシーンの三沢さんは、あまりにお茶目で笑った。

対戦要求されて「いいよッ!」って、どんだけユルい対応なのよ(笑)。

全日系の団体って、こういう「ユルさ」を含んで興行しています。こういう面があるからこそ、普段の激しいファイトが引き立つ部分はあるでしょうね。

全日本といえば、馬場さん自体が晩年にはこういうコミカルな面を請け負っていましたからねぇ。イイ意味で、その遺伝子を受け付いているんでしょうかね。それと、こういうお茶目さがあるからこそ、三沢が馬場に後継者として認められたのかな…なんて、ふと思ったり。

今でも「俺が俺が」の猪木では絶対にありえないし、その弟子筋も同じ。心に余裕が見えないんだよな>新日系レスラー。

そういえば、三沢って別の異名で「エロ社長」って呼ばれてましたな。その開けっぴろげなトークが聞けなくなったのは非常に寂しい。

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2009.06.14

三沢光晴、急逝。

しばらく、記事を見たまま止まってしまいました…。

13日午後8時半ごろ、広島市中区基町の広島県立総合体育館であったプロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が倒れ、救急搬送されたが、死亡した。県警広島中央署は主催団体や対戦相手などから事情を聴いている。

 大会関係者や観客によると、三沢さんはこの日タッグマッチに出場。相手のバックドロップを受けて頭を強く打ち、動けなくなった。レフェリーが三沢 さんに「動けるか」と聞いたが、三沢さんは「動けない」と答えた。試合はそのまま中断。観客の医師が自動体外式除細動器(AED)で蘇生を試みたという。 当時、約2300人の観客がいた。

(※毎日jp・09年6月13日付より)

所謂『四天王プロレス』って、激しい技を繰り出してのカウント2.9の攻防を散々繰り返していくスタイル…ある種のタフマンコンテスト的というか、チキンレース的というか、そんなんでしたから選手達の消耗はかなり激しいモノだったと思っています。

これが三沢の死去の直接の原因ではないにしろ、いくら受け身を確実にマスターしていても徐々に身体のほころびは出てたんじゃないかなぁ…。

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三沢の評価は様々なところで語られるだろうから割愛しますが、個人的に好きな名勝負がありまして。

三沢って、日本人で最後に馬場をフォールした男なんですよね。

というか「日本人で馬場からフォールを奪った男って、天龍源一郎と三沢の二人だけ」だったような。

その試合(94年の3月頃の日本武道館の試合)が好きな試合です。今でもビデオを見る事があるくらいに好きな試合です。

天龍のフォールは、かなり強引かつ異質なものだったという話があります。だから「全日本プロレスの王道を継承する」という意味でのフォールというのは、三沢だけがその栄誉にあずかった形ですかね。

本来だったら、ジャンボ鶴田がいち早く継承されるべきだった。

ただ、三沢がタイガーマスクの仮面を投げ捨ててからスタートした四天王プロレスは、たぶん馬場にとっては、彼の想像もつかない地平に行ってしまったモノではなかったかと。

同時に直弟子一番手の鶴田が94年時には既に肝炎の為に半リタイア状態。結果として鶴田が橋渡しをし、三沢のスタイルへと結びついたのですから、これは全日本プロレスにとっては待望の"王位継承"ではなかったかと。

まさにこの試合で、新時代は三沢に託されたんです。

フィニッシュホールドがトップロープからのダイビングではあるけれど、馬場の大一番での必殺技"ネックブリーカードロップ"だったのがそれを端的に表現しているのではないでしょうか。このエンディングを見た時に、「嗚呼、馬場もついに納得して一線から引いたか」という感慨に耽りました。一緒に酒を呑みながらテレビを見ていた友人と、朝方までたくさん話したかなぁ。

それにしても、鶴田といい、今回の三沢といい、馬場の直弟子は何で早く逝っちゃうんだろう…。それが本当に残念。

合掌。

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2008.09.01

茶化すわけじゃないんだけれど。

アメリカに大型ハリケーンが来襲しているそうですな。

グスタフ上陸へ 190万人避難 

 この記事の見出しを見た時に、くだらない事を思ってしまいまして。

その昔、ジャイアント・グスタフという力自慢のレスラーが来日しました。グレート・アントニオみたいなでくの坊でして、新日の若手(←橋本と後藤だったそうな)にハンディキャップマッチでメチャクチャにやられて逃げ帰ったという話でしたけれどね。

「グスタフ上陸へ」というくだりで、強豪レスラーの来襲を想像してしまいましたね(笑)。そんなにアイツは強くなったのか…って、目を疑いました(苦笑)。よく読めば解るんだけれど、流石に190万人は避難しないでしょう。だから、単純に早とちりだったんだけれど。

ハリケーンの方も、レスラーのグスタフ同様に見かけ倒しな事を祈ります。

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2006.04.15

週刊文春 4月20日号。

これを買った理由はただ一つ。

佐山聡(元タイガーマスク)と前田日明の「20年ぶりの対談」が掲載されていたからだ。

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2005.06.17

プロレス&格闘技 2題

ここで初めてリングの話題を書きますね(アリはある意味で文化人だから…)。ちょっと気になったニュースが二つほどあったので、触れてみる事にします。

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