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2008.07.24

力道山 vs 木村政彦(54年)。

以前に力道山の話を書いた事があります。

彼に関するいろんな文献を読んでみると、彼の周囲にいた「日本の裏社会の面々」が関わってきたりして、非常に興味深かったりします。表では戦後日本の大英雄、裏では裏社会の構成員…日本の戦後史・高度経済成長期を考える上で、力道山の背景ってのは非常に面白いと感じます。

ただ、元々がプロレスファンなので、中心はどうしてもプロレスラーとしての彼になってしまいます。そこはご容赦ください。

さて、今年の2月(ウチの親父の死去の前日だったかな)、とあるオークションで力道山の貴重ビデオを落札しました。

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90年代後半に文藝春秋から発売されたビデオなんですが、廃盤になってからずっと探していました。

何故、このビデオが欲しかったか。

それは力道山vs木村政彦…所謂"昭和巌流島決戦"が、(たぶん記録映画ではありますが)全貌を推察できる程度のモノが入っていたからです。

断片的に映像を見た事はありましたし、いろいろな文献で情報は得ていました。が、入場から試合終了までの全貌が垣間見える映像を見た事は皆無でした。

で、2月のビデオ落札から何度も試合を見て振り返っているんですが、重々しいというか重苦しいというか、そんな試合はなかなか無いという感想を抱きました。日本プロレス界においても希有の一戦だったと考えています。

加えて、試合の結末が「力道山がガチンコに出て一方的な形で木村を葬り去った」と言われています。力道山が「約束破り」を犯した事が管理人の胸の中にずっと引っ掛かっています。

力道山は何故、約束破りを犯してまで勝ちにこだわったのか。

それを考えてみたいと思っています。

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今回、資料として用いたのは、前述のビデオに加えてNumber誌の第70号(83年)に掲載されていた木村政彦のインタビューです。

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そして、力道山と木村政彦はこんな人。

・力道山

・木村政彦 ※いつものようにWikipediaより

試合を振り返ってみますが、まず特徴的だったのは「力道山がいつもと違う、新調したガウンを身に纏っていた」という事でしょうか。ビデオの中で村松友視が「新しいプロレスを自らが作っていくという、決意の表れ」と評していましたが、正に力道山にとってターニングポイントとなるべき試合に、それなりの格好をしてきたという事でしょう。

展開は、非常にオーソドックスというか、がっぷり四つの展開を見せていました。力道が空手チョップの構えを取ると、木村はそれを警戒して間を空ける。あるいはヘッドシザースを多用したグラウンドでの展開を見せる。そんな感じで、淡々としながらも張り詰めたような雰囲気に支配されていました。

しかし、その展開が一変したのは、木村の蹴りが力道の下腹部(急所)に入った時でした。ここから烈火のごとく怒った力道が、通常の空手チョップではなく掌低に近い感じの張り手をガンガンお見舞いし、倒れた木村の頭部めがけて顔面蹴りをこれでもかと蹴りこむ…そんな凄惨な試合に急激に変貌してしまったのでした。

当然、無防備な木村はダウン。試合後も意識朦朧としていますし、顔面の右半身に残るあざが力道の攻撃が半端じゃなかった事を現してもいます。そして、その木村の表情を見るにつけ、「いったい何があったんだ?」「こんなハズじゃなかったのに」といった心の声が聞こえてくるようでもあります。

Number誌の木村政彦のインタビューから、この試合についてのコメントを抜粋してみましょうか。

・それは二人で事前に、いっぺんやってみようか、そして金儲けしようじゃないか、という話を交わしたことがあります。

・最初は引き分け、次はジャンケンポンで勝った方が勝つ。その次は反対、またその次は引き分けにもっていく、というような事をずっと継続して、日本国中を回ろうじゃないか、という口約束だったんですね。

・お互いが傷がつかないように試合をやっていけば、金も儲かるし、プロレスの人気も上がるんではないかと云う事だったんです。

・(試合の取り決めの)文書を取り交わす日、僕は書いて持ってったんだけれど、あれ(=力道山)はもって来なかった、忘れたというんだね。「大丈夫です。決して違反はしません」って言うから、その通りにやろうと相手の誠意を認めたわけです。

・(2年後に"手打式"があった事について)あの試合は向こうの方で随分と悔いていた。なんとかこの辺で手を打ってもらえないだろうか…と再三にわたって私の所に来たわけなんですよ。だから、懇願されるなら仲直りしてもいい、と。

・(手打式での力道山について)やっぱり、傲慢だったな。それで私は、これは「死」という形でしかしか報いはないだろうな、と思ったですね。

手打式まであったくらいだから、やはり試合前に何らかの取り決めがあった事は事実でしょう。今となってはプロレスのシステムってのは(ある程度)明らかになってしまっているのですが、それを考えればこんなもんだろうと。

ただ、木村に伝えられた「日本中を回ろう」という案は、力道山は最初からこれっぽっちも考えていなかったんじゃないか…そんな風に思えます。木村を、最初から騙していたんじゃないかと。

木村戦、そして直後の山口利夫戦という「日本選手権試合」を闘った後の力道山は、怪物のような外人レスラーをなぎ倒し、そして世界一の男:ルー・テーズとの試合に赴きます。即ち、"世界の強豪"対"日本一強い男=力道山"という興行を立て続けに打っていく事になります。

シャープ兄弟との一戦が大反響を巻き起こした時から、力道山は上記の青写真があったと推測するのは容易でしょう。

そして、青写真を実現するために、木村をハメたのだと。

当時のプロレスについては、そろそろ八百長論が囁かれていました。が、この木村戦の内容をサンプルとしておけば、その八百長論も払拭する事が出来る。加えて、自らが実力日本一としても君臨できる…その後のストーリーに説得力を与える事が出来ると考えたのではないでしょうか。

だからこそ無防備な木村に対して、あそこまでの無慈悲な攻めを繰り出したんでしょう。木村によると「頸動脈のところ、急所に食らった」「全部仕組まれていた敵の陣容の中に、一人で飛び込んだようなものだった」という事ですが、まさに退路すらも断たれていたような状況の中にいたわけです。

力道山が、自らの野望を遂行するために、邪魔者を消した…そんな試合だったのでしょうか。

そして、いろんな局面に対して、文字通りの"完勝"が必要だったのでしょうか。

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レベルは違いますけれど、こういった片八百長みたいな試合ってのは、日本のプロレスの歴史の中でもいくつか(それらしいモノを)見受ける事が出来ます。

そして、ガチンコにはならないけれど、勢力の弱った団体を飲み込む時、団体のエースがこっぴどくやられてしまったり、或いは名勝負を展開しつつも勝者の側が敗者を使い捨てる…なんて光景も、多々現れたりします。

その業界的な流れの萌芽が、この力道ー木村戦にあったんじゃないかと。

日本人的感覚だと、新しいジャンルだけに皆で盛り上げようという気概があっても良いんだと思います。が、最初の段階で、トップの者が早速「裏切り行為」を見せてしまった。

一般社会では考えられないような再三の非常識な揉め事(例えば会社の分裂など)は、プロレス界では日常茶飯事だったりします。そういう前例を日本プロレス界の父・力道山が示してしまっていた…現代において、プロレス業界の不安定さを暗示させるような出来事だったのかもしれません。

そりゃ、そうですよ…子供は親の真似をしますからねぇ。

猪木がムチャクチャやってたのも、馬場が猪木を全く信用していなかったのも、元を辿れば二人とも力道山の弟子だからなぁ。

結果的に、昭和のプロレスは面白かったので、力道山が最初に起こした事は功罪のどちらに含めればいいのかな。

ビデオを見る度に、複雑な心境になる管理人がいます(笑)。

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コメント

はじめまして

自分は、年齢的には、スタン・ハンセン世代ですが、この試合の格闘技史の闇の歴史を物語るうえで、必ず、挙げられるので、知ってました。

ただ、ここまで詳しく分析されてる文面は初めてですので、興味深く読ませていただきました。

あと、この一件に、後の極真カラテ創設者で、今は亡き大山倍達が関わってきて、大山倍達VS力道山…という因縁(大山倍達は木村政彦の大学の後輩に当たる)が生じ、それに纏わる様々な説があるようですが、御存じありませんか?

投稿: カンフー | 2010.10.18 15:20

カンフー様>

ようこそ、辺境の地へ。

>スタン・ハンセン世代

たぶん、管理人と同年代ではないかとお見受けしております。

>興味深く読ませていただきました。

ありがとうございます。
こういう一言が、どれだけ嬉しいか(笑)。

>大山倍達VS力道山

この件ですが、何とも言えないんですよね。正直、知る術もないというか(苦笑)。

「大山倍達とは何か?」「極真とは何か?」というダブルクロス(=紙のプロレス)から発売されていた2冊の本なんかが参考になりますかも。ただ、前者には54年の大山と力道山との対談、後者には遠藤幸吉(←大山とともに、アメリカ武者修行をした)のインタビューがありますが、双方がこの試合を機会に因縁が生じ…なんて、そんな面影は皆無でしたね。

ただ、どこかで見かけた吉田豪の文章によると、力道山が右翼系の団体(ヤ○ザというか、戦後の裏社会を仕切っていた方々)と懇意になっていた、大山も東亜連盟(石原完爾の考えに共鳴した同志が集まった。木村の師匠の牛島辰熊も参加していた)に近い人間だった、そんな記述がありました。

因縁は生じなかったかもしれませんが、何らかのリンクはしていたのではなかろうかと考えています。

投稿: kikka | 2010.10.20 09:06

門茂男という人をご存知ですか?
この試合について唯一、両者から取材して
暴露記事を書いた記者さんです。
確約書は力道山が提供したものです。
門さんの「力道山の真実」を是非読んでください。

投稿: あえて名を伏せます | 2013.02.25 13:46

あえて名を伏せます様>

どなたか想像できませんが、ありがとうございます。

>門茂男

名前は当然知ってますが、
彼の書籍はあまり読んだ事が無いですね。
食わず嫌いというか、そんな感じで。

>確約書は力道山が提供したもの

上の木村の回想にも
それを匂わせる発言がありますね。
ただ、増田俊也の著名な本を始めとして、
木村側の視点から書かれたモノが
どちらかと言えば多いのかもしれません。
できれば力道側の回想も聴いてみたいんですけれど。

門茂男の著作、目を通してみるようにします。
イーブンな立場で発見があるかもしれませんから。

投稿: kikka | 2013.02.26 01:26

門茂男という人はプロレスの関係者の中で一番最初に暴露本を書いた人です。
彼の本を読んだのは30年位前でしたが、当時、プロレスファンの間で話題になってた本でした。
そのあとに出てくる同試合の本を読むと皆、門茂男本のパクリか、もしくは反論だったりして面白く読めました。
但し、指摘の木村側に立った書物については感想を述べられるほど読み通して無いので、門本に対してのものなのかは検討もつきませんが、是非一度読んでみてください。

投稿: あえて名を伏せます | 2013.02.26 06:22

あえて名を伏せます様>

改めて、ありがとうございました。

>指摘の木村側に立った書物

wikiなんかでは、どちらかと言えば力道側の視点の書物が多いという記述がありますね。あるいは、プロレス業界的に「日本の英雄」を守るためにメディアが黙殺したという話もありますね。
ただ、グレイシー以後に木村の再評価が高まったと同時に、木村擁護のスタンスに立った立場の記述が増えてきた感があります。加えて、力道は鬼籍にすぐ入ってしまい、木村しか当事者がいませんでしたから彼の意見の方がメディアには広がっていたかと。
ボクが興味を持ったのは、このグレイシー以後…最初から力道山という人に対して猜疑心を持っていたのは、この影響かと。
まぁ、件のナンバーを読んでから、薄々と感じていた事ではあったんですけれど。

>門茂男本のパクリか、もしくは反論

この人に関して調べてみたら、けっこう力道山に近かったようですね。それだけに、パクッた人は「当事者の意見」として、反論した人は「子飼いの者の反乱」として、受け取ったのかも。

話を変えますが、敢えて2008年時には書かなかったんですけれど、この件は力道が朝鮮民族の人だったというのも要因ではないかと考えてました。多少、文中には匂わせてるんですが、日本人的メンタリティではこういった裏切り行為は(当時のプロレスが新しい業界だっただけに)考えられないと思ったんです。
加えて、日本社会でのし上がっていく為にギャンブルしたんだろうし、相撲界では(多分)出自が元で廃業せざるを得なかっただろうし、自分が王として君臨するためにもこういうえげつない事を仕掛けたんじゃ無かろうかと。
伝え聞いた力道の粗暴な性格が、所謂かの民族の方々の「火病」を想像させ、それにつれて思いが強くなっております。

投稿: kikka | 2013.02.28 00:08

管理人さんの解釈に納得できました。
力道山という人間は、そのパワーだけでなく、向上心や出世欲、目立ってやろう的な精神が、並外れていたのだと思います。だから調子に乗りすぎて刺されたということもあると思います。

八百長論に関してですが、今でもプロレスが八百長だと馬鹿にする向きがあるぐらい、根強い汚名だと思いますね。
プロレスはわざと相手の技を受けるという暗黙のルールを知っていない人たちが、申し合わせて戦っているように感じて、八百長だと言ってるだけだと思います。

でもそういう誤解も、徐々になくなりつつありますね。日本人がプロレスを深く理解する段階を踏んでいるだけだと思います。
昭和プロレスでは、猪木や馬場が強いんだと思わされますが、ハルクホーガンやブロディやスタンハンセンなどの圧倒的パワーの前に驚かされ、しかもリングアウト決着が多くなると、観客もがっかりしてプロレス自体に興味を持てなくなります。
そのうち、総合格闘技にいくらかプロレスファンが流れたものの、やはりプロレスのだいご味である、受けて痛みをこらえながらやり返すというストーリー性のある流れが恋しくなって、また再び日本人のプロレス熱を感じます。

何のストーリー性もない、ただ殺気だけを出しながら一瞬でケリがつくセメント勝負のなんと味気ないこと。
そういうつまらないものの対極としてプロレスというものが生まれたんだと思います。

投稿: にわかファン | 2016.08.09 18:02

この試合にはシナリオがあった。
が、しかし、力道山がシナリオを破った、裏切った。木村は力道山の攻撃をよけずに敢えて受けた。さらに、木村は試合当日泥酔状態。やる気はまったくなかった。木村が本気で戦っていたら力道山程度ではまったくかなわない。プロレスは所詮、体を張った演劇に過ぎないから。戦いのスキルは何もない。力道山は弱いがしかし演技力があったので人気があった。ヤクザ花形といざこざの上、刺殺された。弱いのに口先だけで粋がった結果です。

投稿: | 2017.04.07 16:13

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