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2007.07.16

Bob Dylan / Don't Look Back

またまたまた、ディランのネタになりました(苦笑)。

本当にこの3日間、ディランの音、そして映像に触れてばかりです。たぶん『激しい雨』を聞いたからだとは思うんですが、ここまで今の気分にピタッとはまるとは(以下略)。

さて、1ヶ月前にこんなDVDを購入していまして、なかなか見る機会がなかったんですが、この連休中に「どうせ、やる事がないんだから」と思いつつジックリと見させていただきました。

Dont_look_back

Bob Dylan / Don't Look Back(Deluxe Edition)

 

Dont_1

今作はまず、"サブタレニアン・ホームシック・ブルース"に合わせて無表情なディランが同曲のフレーズが書いてある画用紙を一枚一枚落としていく…というシーンから始まる。

プロモーションビデオとしても成立しそうなシーンだけれど、その後はドキュメント映像が延々と続き、見終わった後に「オープニングシーンだけは違和感を感じる」向きが多いかもしれない。

1965年にディランがエレキ導入第一作の『Blinking It All Back Home』を発売したのだが、その直後の英国ツアーの様子をおさめたフィルムが今作だ。この英国ツアーはディランにとっての「最後の弾き語りツアー」であり、2ヶ月後のニューポート・フォーク・フェスティバルではマイク・ブルームフィールドやアル・クーパーを従えたエレキサウンドを繰り広げ、聴衆の罵声を浴びる…という事件が待っている。

要はフォークからロックへと移行する過渡期の映像なワケだ。まずは、この部分を頭に入れておいて欲しい。

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その"最後の弾き語りツアー"を淡々と追っていくワケなのだが、監督のD・A・ペネベイカーいわく「これは単なるホームムービーだ」と言うくらいに楽屋裏とかオフ・ステージの様子ばかりが映し出されていく。

"時代は変わる"の印象が強くて辟易したのだが(苦笑)、本当にディラン本人の音楽シーンが少ない。同行していたジョーン・バエズやドノヴァンの曲もあったのだが、ミュージシャンを扱った映画にしてはあまりにも音が少ない。

ただ、その編集が、ディラン個人の姿と、取り囲む周囲や世間の喧騒、この二つがきめ細かく提示されている最大の要因になっている。

例えば、ジョーン・バエズやドノヴァンやアラン・プライス(アニマルズ)などの友人達、アルバート・グロスマン(←マネージャー、後にディランに訴訟を起こす)や地域のプロモーターといった「ディランを元手に商売をしている」人達、彼の音楽にあれこれと批評をしているメディアの人達、音楽を聴きに来るだけでなくディランと接しようとする熱狂的なファン、そんな輩がたくさん登場してくる。

その輩にディランがどう対応していくかと言えば、プロテストソングの英雄とかカリスマとかといったイメージを元に接してくる人間達には「普通に曲を歌ってるだけだ」と一蹴し、エレキサウンドを「ふざけてるみたい」と好まないファンには「僕だって、ふざけたい事だってあるさ」と説き伏せる。そして、友人であるプライスには些細な事が原因で罵倒したり、それを見ているジョーン・バエズが悲しげな表情をしていたり…とにかく、他人を一切寄せ付けない緊張感が一杯なのである。

Dont_a Dont_b

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スクリーンに映るディランには「個を守るのに必死」な姿ばかりが目立つ。それは「スターシステムに取り込まれるのを恐れて」云々などという陳腐な物語では決してなく、「俺は俺でしかない」という強烈な自己主張をし、開き直りとか居直りといった言葉で括るべき風情に映るのである。そして、極端な言い方をすれば「ディランvs他者」という視点しか彼の表情からはうかがえない。

当然、カメラが同行しているわけだからディランがカメラを意識していないハズはなく、余計にポーズを取っている可能性はある。ペネベイカーにしても、完全に彼の自然な姿を捉えているわけではないと考えているだろう。

しかし、周囲の加熱する喧騒とともに、ディランの(純粋な)個人像だけがどんどん膨らんでくる。様々な人間がイメージするディランを、本人がことごとく壊していく事により自我を維持していく。その繰り返しが見ている側には非常に痛快で、興味深く映るのである。

で、『激しい雨』の項で書いたように、他人にとってカッコ良く見えようがみっともなく見えようが、「ディランはディランでしかない」という本人にとっての当たり前の姿勢が、見ている側にも伝わってくるのである。

プロテストソングを歌おうが、メディアに歯向かおうが、そしてエレキサウンドを従えようが、ディランの本質的な部分は全く変わらない。その本質的部分とは…彼にとって「気持ちのいい事」しかやってないという事実だ。「その時に琴線に触れているモノを素直に消化していく、それがディランだ」という結論に結びついていくわけである。

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で、話を冒頭の"サブタリニアン・ホームシック・ブルース"に戻そう。

最初に違和感と書いたけれど、実は映画の中でこの曲だけがエレキサウンドが導入されている曲である。他は、所謂プロテストソングで、ギター一本の弾き語り曲ばかりである。

それが何を意味しているか。

ディランにとって、英国ツアーひいてはプロテストソングは過去のモノだという事、そして今の興味はサブタリニアン〜のようなバンドサウンドなんだという、あからさまな決意表明に映る。加えて「何をやろうがディランはディラン」というポジションを納得させるのに効果的な映像になっている。

それが偶然なのか恣意的なのかは解らないけれど、結果的にそういう効果をもたらしている。

ペネベイカーが「曲などからディランを分析する姿勢をとらず、ひたすら行動を追い続けた」事で、よりディラン個人だけが鮮明に浮き上がった…そう解釈しているところだ。

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