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2006.04.05

メジロマックイーン、逝く。

僕が競馬に接してから、最も一喜一憂した馬だった。

そして、僕が実物を見た競走馬の中で、タマモクロスよりも、オグリキャップよりも、ビワハヤヒデよりも、ナリタブライアンよりも、テイエムオペラオーよりも、一番強かったと感じていた馬だった。

名馬死す 春の天皇賞を史上初連覇
※MSN毎日Interactive(4月3日付)より

 Mejiro_1

昨年の菊花賞ウィークの時にも触れたので、マックイーンという馬と僕との関わりについてはそちらを参照して頂きたい。

【参考エントリー】

さぁ、来週は菊花賞(05年10月16日付)

この馬が一番強かったのは、トウカイテイオーとの一騎打ちムードの春の天皇賞を制した時(92年)でもなく、1着から18着に降着したけれど雨天の府中2000mをブッチ切りで走った秋の天皇賞の時(91年)でもなく、最期のレースとなってしまった京都大賞典の時(93年・京都競馬場)だった。

出走メンバーにはそのひと月後にジャパンカップを制したレガシーワールド、前年の宝塚&有馬記念の覇者・メジロパーマーなどがいたが全く寄せ付けなかった。中団を進み第三コーナーの坂辺りからハミがかかって加速を始め、最終コーナーの植え込みの辺りから一気に突き放し、そのまま京都2400mをレコードタイム(※当時・2分22秒7)で駆け抜けた。府中のターフビジョンのレース実況を見ていた管理人が、驚愕のレースぶりに思わず呆れ、そしてひっくり返ってしまった程にモノ凄かった。同じ日の毎日王冠(外国産馬・シンコウラブリィが圧勝)なんて、まったく印象に残っていない。

その時が7歳(現在の表記だと6歳)…それまでも安定していた強さを誇っていたのに(多少のとりこぼしはあったけれど)、それに加えて速さをも見せつけた。血統的には確かに晩成型ではあったけれど、生涯最期のレースが最も有無も言わせないパーフェクトなレースだったというのが、彼らしさだったのかもしれない。

同時期に確たるライバルがいなくて孤高の位置にいた馬だった。大逃げとか追い込みとかドラマチックな走り方をするわけでもなく、ひたすら安定した好位差しを見せた事で「面白味のない馬」などとレッテルを貼られた事もあった。

でも、僕にとっては最も気になる馬だった。菊花賞(4番人気)の時に単勝1点勝負をしてから、ずっとずっと好きな馬だった。91年、春の天皇賞→宝塚記念→秋の天皇賞→ジャパンカップ→有馬記念と出走GIレースを全て追っかけた程に、自分の中で存在が最も大きな馬だった。

近年は種付け頭数が減っていて、来年誕生予定の産駒も2頭。もしかすると親子4代での天皇賞(距離3200m)制覇はかなわぬモノになる可能性が高い。でも、日本競馬の中でも色濃い「血のドラマ」を見せている系統だけに、何とかして悲願を達成して貰いたいのだが…。

それはともかく、一言言っておかねば。

マック、お疲れさん。

君に接していた時が、いちばん競馬に熱かった時だった。楽しませてくれて、本当にありがとう。

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